自由の声(1月15日)

 神奈川新聞の自由の声蘭に鶴見区の高校生の投稿が載っていました。
「いじめやいじめによる自殺、児童虐待などが相次ぐ世相を見ていると、主観的にものを考えるだけでなく、客観的にものを考える姿勢が、これまで以上に必要なのではないだろうか。」との主張には全く同感です。多くの若い人の主張をこれからも煩瑣に掲載して頂きたいと思います。
 「何が客観的なのか」。実は難しい問題だと思います。客観的と自分では思っていても、結局は自分というフィルターを通しての考えですから主観的なものでしかないとも言えます。
 多くの他人の意見を聞き、事実を検証し、相手の立場・利益を考慮して、出来る限り客観的に考えると言うことではないでしょうか。
 自分の考えは正しいのだということで進んでいる今の横浜市政にも、必要な発想だと思います。