美術館は誰のために(6月3日)

 先日、文化芸術懇談会を開催した。その際、企業メセナ協議会の方が持参した資料のニューヨーク在住のインデイペンデント・キュレイター福のり子さんの一文が目を引いた。

 アメリカでは美術館の存在理由を「人々の生活、社会が実際に直面する問題と密接な関わりを持ち、人々が既に持っている知識、考え、感情に何らかの変化を及ぼし、問題提起を行い、価値観を揺さぶることの出来る公共の施設」と定義しているというのだ。
 かつて、私は、多くの鑑賞者に感動を与えている半身不随の画家の絵画展を横浜美術館で企画して貰いたいと、当時の館長と理事長に要請したことがあった。答えは『ノー』。
横浜美術館は、美術界で評価の定まったものを展示するのだと言われた。「いわさきちひろ」の作品でもだめだと言われた。

 アメリカの学芸員、つまりキュレーターは、具体的な仕事の内容以前に『なぜ、誰のために』という意識を明確に持つことを求められていると、福のり子さんは言う。『日本は美術館に関しては後進国だ』と明快だ。思わず頷いてしまう経験を私も持っている。